◇ 15年前の3月11日 14時46分
あなたは、何をしていましたか?
シリーズでお送りしましたが、いかがだったでしょうか。
「ブログ見ました」と多くの方からご連絡をいただき、反響の大きさに正直驚いております。
その中で、ある方からこんなメッセージを頂きました。
「とても共感するところがあり、居ても立ってもいられなくなり連絡しました。私も震災で大きな転換を迎えた者です」
何度かやり取りを重ねる中で、その方にも本企画へご参加いただくこととなり、15年前の記憶をご投稿いただきましたので、ご紹介させていただきます。
※先日の記事で、知り合ったすべての人が「財産」であるとご紹介しましたが、こうして新たなご縁がつながっていくのだと、改めて感じた瞬間でした。
15年前の「あの日」。
岐阜県にあるプール施設で働いていました。いつも通りの午後。
ふと、足元がゆっくりと揺れ始めました。
最初は「気のせいかな」と思うほどの小さな揺れ。
けれど次の瞬間、プールの水面が大きく波打ちました。
――これは、ただ事ではない。
全身がざわついた感覚を、今でも覚えています。
スタッフ全員でテレビを覗き込むと、そこには日本で起きているとは思えない光景が映し出されていました。
言葉が出ない。
ただ画面を見つめることしかできない。
「無力感」を強く感じた瞬間でした。
その後、岐阜からも救援物資を積んだトラックが、被災地へ向かっていることを知りました。
「遠くにいても、できることがあるんだ」
その事実に、胸の奥が少しだけ熱くなったのを覚えています。
「私も、少しでも力になりたい!」
そう思い、タオルや日用品、食品などを買い集め、救援物資として届ける活動に参加しました。
支援を続ける中で、「もし明日、同じことが自分の周りで起きたら――」
そんな思いが頭をよぎるようになりました。
家族の顔が浮かびました。親友の笑顔が浮かびました。
普段は何気なく過ぎていく出会いや時間が、もし突然奪われてしまったら……私はきっと後悔する。
「大切な人を守れる存在になりたい」
「誰かの力になれる仕事がしたい」
気がつけば、看護学校の願書を手にしていました。
気がつけば、授業を受け、実習に向かい、白衣に袖を通していました。
今振り返ると、あの日の「無力感」が、いつの間にか「行動する力」へと変わっていたのだと思います。
現在、私は西日本の離島で暮らしています。
海に囲まれ、季節の移ろいがはっきりと感じられるこの島でも、大雨や台風のたびに自然の力を思い知らされることがあります。
「災害は特別な出来事ではなく、日常のすぐ隣にあるもの」
そんな感覚が、年々強くなっています。
だからこそ、私はあの日の思いを大切にしたい。
岐阜のプールで感じた違和感。
テレビの前で声を失った無力感。
支援を続ける中で芽生えた「守りたい人たちへの想い」。
そのすべてが、今の私の原点です。
これからも看護師として、日々の備えを怠らず、島民の皆さんと共に災害に向き合っていきたいと思っています。