(スタッフの記憶編④)
◇ 15年前の3月11日 14時46分
あなたは、何をしていましたか?
15年前の3月11日。
私は仕事が休みで、自宅(埼玉県久喜市)でゆっくり過ごしていました。
いつもと変わらない、静かな午後でした。
「それ」は本当に突然でした。
ドン、と地面の奥から突き上げるような揺れ。
家全体が大きく揺れ、思わず近くにあったテレビを押さえたのを、今でも鮮明に覚えています。
何が起きているのか理解できないまま、ただ揺れが収まるのを待つしかありませんでした。
その頃、当時高校2年生だった次女の学校では、卒業式の真っ最中でした。
式が始まったばかりの体育館を、突然の大きな揺れが襲い、式は中止に。
出席していた生徒も保護者も、皆その場でうずくまり、揺れに耐えていたそうです。
電車が止まり、街には帰宅できない人たちがあふれていました。
次女の学校でも、卒業生を見送りに来ていた多くの在校生が帰れなくなり、
毛布をかき集めて体育館で長い時間を過ごしたと聞きました。
突然日常が断ち切られ、不安な気持ちで身を寄せ合っていた子どもたちの姿を思うと、今でも胸が締めつけられます。
市内では信号が止まり、我が家も当然のように停電。
夜はまだ冷え込み、暗闇の中、ろうそくの灯りで照らされた家族の気配だけが頼りでした。
卓上コンロを取り出し、家にある材料でおじやを作り、暖を取りました。
あの時のおじやの味は、今でも忘れられません。
特別な具材があったわけではないのに、あの状況で家族と一緒に食べた温かさが、心の奥に深く刻まれています。
そして、あれから15年。
当時高校2年生だった次女は、今では私と同じ福祉の仕事に就き、日々地域の人たちの暮らしを支えています。
あの日の経験が、彼女の中で静かに根を張り、今の道へとつながっているのかもしれません。
災害は、いつ、どこで起こるか分かりません。
これからは、そんな娘と一緒に防災に関するイベントや講座に参加しながら、親子で防災意識を高めていきたいと思っています。
「備えること」は、誰かを守るための優しさであり、未来への責任でもあると感じています。