
ご挨拶
離れていても、大切な人を想っています。
庭の花は咲いただろうか。
家族の声を聞きたいけれど、迷惑はかけたくない。
毎日を穏やかに、自分らしく過ごせる場所でありたい。
立っている姿を見られるだけで、家族はホッとするのです。
「ちゃんとご飯を食べているかな」「穏やかに過ごしてほしいな」
そんな思いが、ここでつながっています。
私たちは、あなたと大切な人の毎日を守ります。
声をかけ、笑顔を交わしながら、
これからも安心できる時間をつくっていきます。
ことよりテラスその人らしさを、大切に。
静かな環境にたたずむユニット型(個室)の施設です。
緑豊かな庭があり、四季の移ろいを感じながら、
自分のペースでゆったりと過ごしていただけます。
一人ひとりのプライバシーを大切にしながら、
安心して暮らせる場所を目指しています。

はすだの森笑顔がつながる、暮らしの場所。
春の桜や秋のコスモスが楽しめる、
自然に囲まれた従来型(4人部屋)の福祉施設です。
にぎやかで温かい雰囲気の中、
入居者同士のふれあいを大切にしながら、
安心してお過ごしいただけます。

新着情報・ブログ
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3.11私たちの記憶~スタッフの記憶⑤【とある投稿から】あの日が導いた看護師への道
◇ 15年前の3月11日 14時46分 あなたは、何をしていましたか? シリーズでお送りしましたが、
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3.11私たちの記憶~スタッフの記憶④あの日の記憶、いまへつながる想い
(スタッフの記憶編④) ◇ 15年前の3月11日 14時46分 あなたは、何をしていましたか? &n
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3.11私たちの記憶~スタッフの記憶③あの日の記憶を、未来へつなぐ
(スタッフの記憶編③) ◇ 15年前の3月11日 14時46分 あなたは、何をしていましたか? &n
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3.11私たちの記憶~スタッフの記憶②あの日の記憶と、今守るべき命
(スタッフの記憶編②) ◇ 15年前の3月11日 14時46分 あなたは、何をしていましたか? &n
採用情報
共に成長し、未来を支え合える仲間を
募集しております
ご利用者様の笑顔や、小さな「ありがとう」に出会える毎日。
あなたのあたたかさを、ここで生かしてみませんか。
私たちと一緒に、大切な時間を支える仕事をはじめましょう。
インスタグラム更新中
(スタッフの記憶編③)
◇ 15年前の3月11日 14時46分
あなたは、何をしていましたか?
15年前の3月11日。
私は仕事が休みで、自宅(埼玉県久喜市)でゆっくり過ごしていました。
いつもと変わらない、静かな午後でした。
「それ」は本当に突然でした。
ドン、と地面の奥から突き上げるような揺れ。
家全体が大きく揺れ、思わず近くにあったテレビを押さえたのを、今でも鮮明に覚えています。
何が起きているのか理解できないまま、ただ揺れが収まるのを待つしかありませんでした。
その頃、当時高校2年生だった次女の学校では、卒業式の真っ最中でした。
式が始まったばかりの体育館を、突然の大きな揺れが襲い、式は中止に。
出席していた生徒も保護者も、皆その場でうずくまり、揺れに耐えていたそうです。
電車が止まり、街には帰宅できない人たちがあふれていました。
次女の学校でも、卒業生を見送りに来ていた多くの在校生が帰れなくなり、
毛布をかき集めて体育館で長い時間を過ごしたと聞きました。
突然日常が断ち切られ、不安な気持ちで身を寄せ合っていた子どもたちの姿を思うと、今でも胸が締めつけられます。
市内では信号が止まり、我が家も当然のように停電。
夜はまだ冷え込み、暗闇の中、ろうそくの灯りで照らされた家族の気配だけが頼りでした。
卓上コンロを取り出し、家にある材料でおじやを作り、暖を取りました。
あの時のおじやの味は、今でも忘れられません。
特別な具材があったわけではないのに、あの状況で家族と一緒に食べた温かさが、心の奥に深く刻まれています。
そして、あれから15年。
当時高校2年生だった次女は、今では私と同じ福祉の仕事に就き、日々地域の人たちの暮らしを支えています。
あの日の経験が、彼女の中で静かに根を張り、今の道へとつながっているのかもしれません。
災害は、いつ、どこで起こるか分かりません。
これからは、そんな娘と一緒に防災に関するイベントや講座に参加しながら、親子で防災意識を高めていきたいと思っています。
「備えること」は、誰かを守るための優しさであり、未来への責任でもあると感じています。
#介護 #福祉 #東日本大震災 #記憶 #青い森 #ことよりテラス #はすだの森
(スタッフの記憶編③)
◇ 15年前の3月11日 14時46分
あなたは、何をしていましたか?
15年前の3月11日。
私は仕事が休みで、自宅(埼玉県久喜市)でゆっくり過ごしていました。
いつもと変わらない、静かな午後でした。
「それ」は本当に突然でした。
ドン、と地面の奥から突き上げるような揺れ。
家全体が大きく揺れ、思わず近くにあったテレビを押さえたのを、今でも鮮明に覚えています。
何が起きているのか理解できないまま、ただ揺れが収まるのを待つしかありませんでした。
その頃、当時高校2年生だった次女の学校では、卒業式の真っ最中でした。
式が始まったばかりの体育館を、突然の大きな揺れが襲い、式は中止に。
出席していた生徒も保護者も、皆その場でうずくまり、揺れに耐えていたそうです。
電車が止まり、街には帰宅できない人たちがあふれていました。
次女の学校でも、卒業生を見送りに来ていた多くの在校生が帰れなくなり、
毛布をかき集めて体育館で長い時間を過ごしたと聞きました。
突然日常が断ち切られ、不安な気持ちで身を寄せ合っていた子どもたちの姿を思うと、今でも胸が締めつけられます。
市内では信号が止まり、我が家も当然のように停電。
夜はまだ冷え込み、暗闇の中、ろうそくの灯りで照らされた家族の気配だけが頼りでした。
卓上コンロを取り出し、家にある材料でおじやを作り、暖を取りました。
あの時のおじやの味は、今でも忘れられません。
特別な具材があったわけではないのに、あの状況で家族と一緒に食べた温かさが、心の奥に深く刻まれています。
そして、あれから15年。
当時高校2年生だった次女は、今では私と同じ福祉の仕事に就き、日々地域の人たちの暮らしを支えています。
あの日の経験が、彼女の中で静かに根を張り、今の道へとつながっているのかもしれません。
災害は、いつ、どこで起こるか分かりません。
これからは、そんな娘と一緒に防災に関するイベントや講座に参加しながら、親子で防災意識を高めていきたいと思っています。
「備えること」は、誰かを守るための優しさであり、未来への責任でもあると感じています。
#介護 #福祉 #東日本大震災 #記憶 #青い森 #ことよりテラス #はすだの森
(スタッフの記憶編③)
◇ 15年前の3月11日 14時46分
あなたは、何をしていましたか?
私が初めて被災地に入ったのは、震災から2か月後の5月でした。
宮城県気仙沼市に到着したのは、まだ夜が明けきらない朝3時。
今でも、あの光景は忘れられません。
鉄骨がむき出しになった建物。 ガレキの残骸。 鼻を刺す腐った魚の匂い。 漆黒の暗闇の中で聞こえる波の音……。
そのすべてを、今でも鮮明に覚えています。
「小さなことでもいい。とにかく何かしなければ」 そう強く思った瞬間でした。
自分の中でカチッと「スイッチ」が入った感覚を、今でもはっきり覚えています。
それは同時に、私の人生を大きく変えた瞬間でもありました。
当時の私は、福祉の「ふ」の字も知らない、まさに福祉のど素人。
それでも「誰かが困ったときに寄り添える存在になりたい」という思いだけを胸に、 ただがむしゃらに走り続ける日々が始まりました。
気がつけば、支援活動を始めてから10年以上。
その間に相談員やケアマネジャーの資格も取得し、必死に現場と向き合い続けてきました。
そして震災から15年が経った今でも、あの時の光景は私の中で生き続けています。
日々の仕事の中で壁にぶつかったとき、ふとあの夜明け前の景色を思い出すことがあります。
15年前に胸に刻んだ「決意」は、今でも私の原動力です。
また、この15年の中で、本当に多くの方々と出会うことができました。 利用者様とそのご家族。 被災地域で働く福祉従事者の皆さま。
そして共に現場で働いてきた仲間たち。
一人ひとりに支えられ、励まされ、時には背中を押してもらいながら、ここまで歩んでくることができました。
振り返れば、その過程には自分一人の力では越えられなかった壁がいくつもありました。
迷ったとき。 悩んだとき。 立ち止まりそうになったとき。 そっと手を差し伸べてくれたのは、いつも「人」でした。
この15年で出会った人たちは、私にとってかけがえのない「財産」です。
あの日、気仙沼でスイッチが入った私が、今日まで走り続けてこられたのは、間違いなく私の背中を押し続けてくれた人たちがいたからです。
一方で、震災から15年が経ち、「あの日」を知らない世代も増え、記憶の風化が進んでいます。
そんな中、昨年ありがたいことに、私自身の経験を次世代の子どもたちに伝える機会をいただきました。
気仙沼で見た光景。 胸の奥でスイッチが入った瞬間。 そして福祉の道へ進むきっかけとなった出来事。
子どもたちは真剣に耳を傾け、時に驚き、時に考え込みながら、まっすぐに受け止めてくれました。
その姿を見て、 「伝えることは未来を守ることにつながる」 「語り継ぐことも、私にできる支援の一つだ」 そう強く感じました。
これからも現場と向き合いながら、あの日の「記憶」と「教訓」を未来へつないでいく役割を果たしていけたらと思っています。
#介護 #福祉 #東日本大震災 #記憶 #青い森 #ことよりテラス #はすだの森
(スタッフの記憶編③)
◇ 15年前の3月11日 14時46分
あなたは、何をしていましたか?
私が初めて被災地に入ったのは、震災から2か月後の5月でした。
宮城県気仙沼市に到着したのは、まだ夜が明けきらない朝3時。
今でも、あの光景は忘れられません。
鉄骨がむき出しになった建物。 ガレキの残骸。 鼻を刺す腐った魚の匂い。 漆黒の暗闇の中で聞こえる波の音……。
そのすべてを、今でも鮮明に覚えています。
「小さなことでもいい。とにかく何かしなければ」 そう強く思った瞬間でした。
自分の中でカチッと「スイッチ」が入った感覚を、今でもはっきり覚えています。
それは同時に、私の人生を大きく変えた瞬間でもありました。
当時の私は、福祉の「ふ」の字も知らない、まさに福祉のど素人。
それでも「誰かが困ったときに寄り添える存在になりたい」という思いだけを胸に、 ただがむしゃらに走り続ける日々が始まりました。
気がつけば、支援活動を始めてから10年以上。
その間に相談員やケアマネジャーの資格も取得し、必死に現場と向き合い続けてきました。
そして震災から15年が経った今でも、あの時の光景は私の中で生き続けています。
日々の仕事の中で壁にぶつかったとき、ふとあの夜明け前の景色を思い出すことがあります。
15年前に胸に刻んだ「決意」は、今でも私の原動力です。
また、この15年の中で、本当に多くの方々と出会うことができました。 利用者様とそのご家族。 被災地域で働く福祉従事者の皆さま。
そして共に現場で働いてきた仲間たち。
一人ひとりに支えられ、励まされ、時には背中を押してもらいながら、ここまで歩んでくることができました。
振り返れば、その過程には自分一人の力では越えられなかった壁がいくつもありました。
迷ったとき。 悩んだとき。 立ち止まりそうになったとき。 そっと手を差し伸べてくれたのは、いつも「人」でした。
この15年で出会った人たちは、私にとってかけがえのない「財産」です。
あの日、気仙沼でスイッチが入った私が、今日まで走り続けてこられたのは、間違いなく私の背中を押し続けてくれた人たちがいたからです。
一方で、震災から15年が経ち、「あの日」を知らない世代も増え、記憶の風化が進んでいます。
そんな中、昨年ありがたいことに、私自身の経験を次世代の子どもたちに伝える機会をいただきました。
気仙沼で見た光景。 胸の奥でスイッチが入った瞬間。 そして福祉の道へ進むきっかけとなった出来事。
子どもたちは真剣に耳を傾け、時に驚き、時に考え込みながら、まっすぐに受け止めてくれました。
その姿を見て、 「伝えることは未来を守ることにつながる」 「語り継ぐことも、私にできる支援の一つだ」 そう強く感じました。
これからも現場と向き合いながら、あの日の「記憶」と「教訓」を未来へつないでいく役割を果たしていけたらと思っています。
#介護 #福祉 #東日本大震災 #記憶 #青い森 #ことよりテラス #はすだの森
(スタッフの記憶編②)
◇ 15年前の3月11日 14時46分
あなたは、何をしていましたか?
15年前のあの日、私は小学1年生でした。
その日は学校が午前授業だったため、加須(埼玉県)の自宅で友達や妹たちと遊んでいました。
「それ」は本当に突然でした。
家全体が大きく揺れ、地震速報の音が鳴り響き、慌てて机の下に潜り込みました。
揺れはすぐには収まらず、今まで経験したことがないほど大きなものでした。
あの時感じた恐怖は、15年経った今でも強く印象に残っています。
(特に、あの独特の警報音は今でも耳の奥に残っています。)
揺れが収まった後、家の中を確認すると、至るところで家具が倒れ、机やタンスの引き出しが開き、
棚の物が床に落ちて散乱していました。
これまで経験したことのない光景が広がっていたのを覚えています。
その後、テレビのニュースで建物の倒壊や津波の、これまで見たことのない大きな被害の映像を目にし、災害の恐ろしさを実感しました。
私はこれまで多くの人から、3.11の避難体験を聞く機会がありました。
その中には、福島県から加須に避難を余儀なくされた同い年の友人もいました。
その友人は「恐ろしかった」「もう二度と経験したくない」と声を震わせながら、避難の体験を何度も話してくれました。
その姿を、今でも鮮明に覚えています。
今思えば、この出来事は、私が福祉の道に進むきっかけになった大きな出来事の一つだったのかもしれません。
この15年間で、数えきれないほどの災害訓練に参加してきました。
数年前までは「自分の命は自分で守る」という意識でしたが、今の私には、大切な入居者様の命を守るという役割があります。
施設でも、年に数回、災害時を想定した訓練が行われています。
あの日の経験や、友人たちから聞いた実体験、そしてこの15年間で培ってきた防災への意識を忘れず、
これからの日々に活かしていきたいと思います。
自分の命、家族の命、そして入居者様の命を守れるよう、率先して行動できる職員であり続けたいと思います。
#介護 #福祉 #東日本大震災 #記憶 #青い森 #ことよりテラス #はすだの森
(スタッフの記憶編②)
◇ 15年前の3月11日 14時46分
あなたは、何をしていましたか?
15年前のあの日、私は小学1年生でした。
その日は学校が午前授業だったため、加須(埼玉県)の自宅で友達や妹たちと遊んでいました。
「それ」は本当に突然でした。
家全体が大きく揺れ、地震速報の音が鳴り響き、慌てて机の下に潜り込みました。
揺れはすぐには収まらず、今まで経験したことがないほど大きなものでした。
あの時感じた恐怖は、15年経った今でも強く印象に残っています。
(特に、あの独特の警報音は今でも耳の奥に残っています。)
揺れが収まった後、家の中を確認すると、至るところで家具が倒れ、机やタンスの引き出しが開き、
棚の物が床に落ちて散乱していました。
これまで経験したことのない光景が広がっていたのを覚えています。
その後、テレビのニュースで建物の倒壊や津波の、これまで見たことのない大きな被害の映像を目にし、災害の恐ろしさを実感しました。
私はこれまで多くの人から、3.11の避難体験を聞く機会がありました。
その中には、福島県から加須に避難を余儀なくされた同い年の友人もいました。
その友人は「恐ろしかった」「もう二度と経験したくない」と声を震わせながら、避難の体験を何度も話してくれました。
その姿を、今でも鮮明に覚えています。
今思えば、この出来事は、私が福祉の道に進むきっかけになった大きな出来事の一つだったのかもしれません。
この15年間で、数えきれないほどの災害訓練に参加してきました。
数年前までは「自分の命は自分で守る」という意識でしたが、今の私には、大切な入居者様の命を守るという役割があります。
施設でも、年に数回、災害時を想定した訓練が行われています。
あの日の経験や、友人たちから聞いた実体験、そしてこの15年間で培ってきた防災への意識を忘れず、
これからの日々に活かしていきたいと思います。
自分の命、家族の命、そして入居者様の命を守れるよう、率先して行動できる職員であり続けたいと思います。
#介護 #福祉 #東日本大震災 #記憶 #青い森 #ことよりテラス #はすだの森
一緒に働く仲間を募集しています!
介護のお仕事をしませんか?
平日にお休みしたい✨夕方には帰りたい🏃など
自分のライフスタイルに合った働き方ができます🌸
お気軽にお問い合わせください👂
https://aoimori-swc.or.jp/recruit/
#介護 #介護職 #埼玉 #求人
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(スタッフの記憶編①)
◇ 15年前の3月11日 14時46分
あなたは、何をしていましたか?
15年前のあの日、私は小学3年生。青森市にいました。
雪が降る中、いつも通り学校へ登校し、友達と他愛もない話をしながら授業を受け、帰りの会の準備をしていた――そんな何気ない時間でした。
しかし、その日常は一瞬にして崩れ落ちました。
教室全体が、今まで見たこともないほど大きく揺れ、掲示物は大きく揺れ、扉や窓はガタガタと音を立てていました。
私は机の下に隠れ、必死に机の脚を押さえていましたが、揺れはなかなか収まりません。
時間の流れだけがゆっくりになったように感じられ、とても長い時間に思えました。
揺れが落ち着いた一瞬を見てランドセルを背負い、3階の校舎から体育館へ避難。
今まで経験したことのない揺れと、避難を指示する先生の緊張した声が、今でも耳に残っています。
その後は集団下校や保護者への引き渡しではなく、いつも通り子どもだけで帰宅することになりました。
「川の水、いつもより少ないね」
「信号ついてないじゃん!どうやって渡る?」
「なんか地面デコボコしてない?」
いつもの通学路なのに、どこか違う。
そんな違和感を覚えながら友達と話し、何が起きているのか分からないまま、足早に家へ向かいました。
家に着くと、電気が止まりテレビを見ることができない。
友達とも連絡が取れない。
ガスも止まり、お風呂にも入れない。
暖を取ることもできない。
そんな生活が数日続きましたが、当時の私は、あんなにも大きな災害が起きていたことを全く知りませんでした。
その日を境に、
「当たり前」は決して当たり前ではないこと。
そして、いつ何が起こるか分からないということ。
それを強く意識するようになりました。
何気なく過ぎていく日々も、誰かと交わす何気ない会話も、決して永遠ではない。
あの日の経験が、それを教えてくれたのだと思います。
今でもふとした瞬間に、あの時の揺れや、空気の張りつめた感覚がよみがえることがあります。
けれどそれは同時に、**「今を大切に生きる」**という気持ちを思い出させてくれるきっかけにもなっています。
これからも日常を大切にしながら、生きていきたいと思います。
そして、当時経験した教訓を、今の職場でも活かしていきたいです。
#⒊11 #東日本大震災 #ことよりテラス #青森 #介護福祉 #スタッフの記憶 #青い森 #気仙沼
(スタッフの記憶編①)
◇ 15年前の3月11日 14時46分
あなたは、何をしていましたか?
15年前のあの日、私は小学3年生。青森市にいました。
雪が降る中、いつも通り学校へ登校し、友達と他愛もない話をしながら授業を受け、帰りの会の準備をしていた――そんな何気ない時間でした。
しかし、その日常は一瞬にして崩れ落ちました。
教室全体が、今まで見たこともないほど大きく揺れ、掲示物は大きく揺れ、扉や窓はガタガタと音を立てていました。
私は机の下に隠れ、必死に机の脚を押さえていましたが、揺れはなかなか収まりません。
時間の流れだけがゆっくりになったように感じられ、とても長い時間に思えました。
揺れが落ち着いた一瞬を見てランドセルを背負い、3階の校舎から体育館へ避難。
今まで経験したことのない揺れと、避難を指示する先生の緊張した声が、今でも耳に残っています。
その後は集団下校や保護者への引き渡しではなく、いつも通り子どもだけで帰宅することになりました。
「川の水、いつもより少ないね」
「信号ついてないじゃん!どうやって渡る?」
「なんか地面デコボコしてない?」
いつもの通学路なのに、どこか違う。
そんな違和感を覚えながら友達と話し、何が起きているのか分からないまま、足早に家へ向かいました。
家に着くと、電気が止まりテレビを見ることができない。
友達とも連絡が取れない。
ガスも止まり、お風呂にも入れない。
暖を取ることもできない。
そんな生活が数日続きましたが、当時の私は、あんなにも大きな災害が起きていたことを全く知りませんでした。
その日を境に、
「当たり前」は決して当たり前ではないこと。
そして、いつ何が起こるか分からないということ。
それを強く意識するようになりました。
何気なく過ぎていく日々も、誰かと交わす何気ない会話も、決して永遠ではない。
あの日の経験が、それを教えてくれたのだと思います。
今でもふとした瞬間に、あの時の揺れや、空気の張りつめた感覚がよみがえることがあります。
けれどそれは同時に、**「今を大切に生きる」**という気持ちを思い出させてくれるきっかけにもなっています。
これからも日常を大切にしながら、生きていきたいと思います。
そして、当時経験した教訓を、今の職場でも活かしていきたいです。
#⒊11 #東日本大震災 #ことよりテラス #青森 #介護福祉 #スタッフの記憶 #青い森 #気仙沼
明日で、東日本大震災から15年を迎えます。
皆様は、15年前の3月11日、何をしていたか覚えていますか?
この15年の間にも、日本各地では台風や豪雨、豪雪など、さまざまな自然災害が毎年のように発生しています。
私たちも日頃から高い防災意識を持ち、「災害への備え」を大切にしなければなりません。
ことよりテラスでも、定期的に防災訓練や研修を行い、万が一の事態に備えています。
今回は、加須市役所 大利根支所の江田様にお越しいただき、ハザードマップをもとに「水害時の避難」についてご講話をいただきました。
また、避難時の流れや避難方法、防災情報アプリの活用などについても、分かりやすくご説明いただきました。
江田様、この度は貴重なお話をありがとうございました。 今回学んだことを、今後の防災対策や避難計画にしっかりと活かしてまいります。
※15年前の私たちの記憶📝については、後日、職員数名の当時のエピソードをブログでご紹介する予定です。
#東日本大震災 #ことよりテラス #青い森 #ハザードマップ #災害への備え #加須市 #大利根 #研修 #防災
明日で、東日本大震災から15年を迎えます。
皆様は、15年前の3月11日、何をしていたか覚えていますか?
この15年の間にも、日本各地では台風や豪雨、豪雪など、さまざまな自然災害が毎年のように発生しています。
私たちも日頃から高い防災意識を持ち、「災害への備え」を大切にしなければなりません。
ことよりテラスでも、定期的に防災訓練や研修を行い、万が一の事態に備えています。
今回は、加須市役所 大利根支所の江田様にお越しいただき、ハザードマップをもとに「水害時の避難」についてご講話をいただきました。
また、避難時の流れや避難方法、防災情報アプリの活用などについても、分かりやすくご説明いただきました。
江田様、この度は貴重なお話をありがとうございました。 今回学んだことを、今後の防災対策や避難計画にしっかりと活かしてまいります。
※15年前の私たちの記憶📝については、後日、職員数名の当時のエピソードをブログでご紹介する予定です。
#東日本大震災 #ことよりテラス #青い森 #ハザードマップ #災害への備え #加須市 #大利根 #研修 #防災
3月に入りました。
暦の上ではすっかり春🌸ですが、ひなまつりの今日、加須市では冷たい雨☔が降っています。
春はもうすぐそこまで来ているのに、少しだけ足踏みしているようなお天気ですね。
さて、この季節の旬の果物といえば――やっぱり『いちご🍓』です。
どうやら、ことよりテラスにも立派ないちご🍓がたくさん実ったようです。
真っ赤に色づいた大きないちご🍓は、見ているだけでも元気をもらえます。
いちごにはビタミンCが豊富に含まれており、免疫力の向上や美肌づくり、風邪予防に効果が期待できます。
さらに、食物繊維は便秘の改善や血糖値の上昇を穏やかにし、ポリフェノールには抗酸化作用(老化防止・目の健康維持)があります。
カリウムはむくみの解消に、葉酸は貧血予防に役立つなど、うれしい栄養がたっぷり
とはいえ、どんなに身体に良いものでも食べすぎには注意ですね。
この時期のいちご狩りはどこも大賑わい。
だからこそ、こうしてゆっくり味わえる時間は、なんとも贅沢で幸せなひとときです。
春の訪れを感じながら、甘くてやさしい旬の味覚を楽しみたいですね。
#いちご #いちご狩り #ことよりテラス
#青い森 #介護老人福祉施設 #介護 #レクリエーション
3月に入りました。
暦の上ではすっかり春🌸ですが、ひなまつりの今日、加須市では冷たい雨☔が降っています。
春はもうすぐそこまで来ているのに、少しだけ足踏みしているようなお天気ですね。
さて、この季節の旬の果物といえば――やっぱり『いちご🍓』です。
どうやら、ことよりテラスにも立派ないちご🍓がたくさん実ったようです。
真っ赤に色づいた大きないちご🍓は、見ているだけでも元気をもらえます。
いちごにはビタミンCが豊富に含まれており、免疫力の向上や美肌づくり、風邪予防に効果が期待できます。
さらに、食物繊維は便秘の改善や血糖値の上昇を穏やかにし、ポリフェノールには抗酸化作用(老化防止・目の健康維持)があります。
カリウムはむくみの解消に、葉酸は貧血予防に役立つなど、うれしい栄養がたっぷり
とはいえ、どんなに身体に良いものでも食べすぎには注意ですね。
この時期のいちご狩りはどこも大賑わい。
だからこそ、こうしてゆっくり味わえる時間は、なんとも贅沢で幸せなひとときです。
春の訪れを感じながら、甘くてやさしい旬の味覚を楽しみたいですね。
#いちご #いちご狩り #ことよりテラス
#青い森 #介護老人福祉施設 #介護 #レクリエーション
節分を過ぎ、暦の上では春到来。
この週末は、4月並みの陽気となるというニュースに、内心ワクワクしております🌸🏍
さて、ことよりテラスでは、ひな祭りを前に正面玄関の模様替え🎎を行いました。
玄関正面には華やかな雛人形を飾り、春の訪れを感じていただける設えとしております。
ケース内に飾られたお内裏様とお雛様が、上品で落ち着いた雰囲気を演出し、玄関全体が明るく華やかな空間となりました。
また、和装姿の人形✨も配置し、親しみやすさのある温かい雰囲気づくりを心がけております。
来所される皆さまに、季節の移ろいを感じていただけましたら幸いです。
今後も季節行事に合わせた環境づくりを通して、心和む空間づくりに努めてまいります。
お越しの際は、ぜひご覧ください🎎🌸
#ことよりテラス #青い森 #はすだの森 #桜 #お雛様 #ひな祭り #介護老人福祉施設
節分を過ぎ、暦の上では春到来。
この週末は、4月並みの陽気となるというニュースに、内心ワクワクしております🌸🏍
さて、ことよりテラスでは、ひな祭りを前に正面玄関の模様替え🎎を行いました。
玄関正面には華やかな雛人形を飾り、春の訪れを感じていただける設えとしております。
ケース内に飾られたお内裏様とお雛様が、上品で落ち着いた雰囲気を演出し、玄関全体が明るく華やかな空間となりました。
また、和装姿の人形✨も配置し、親しみやすさのある温かい雰囲気づくりを心がけております。
来所される皆さまに、季節の移ろいを感じていただけましたら幸いです。
今後も季節行事に合わせた環境づくりを通して、心和む空間づくりに努めてまいります。
お越しの際は、ぜひご覧ください🎎🌸
#ことよりテラス #青い森 #はすだの森 #桜 #お雛様 #ひな祭り #介護老人福祉施設





